緊急搬送
私は指定難病になる前は何不自由生活をしていました。
その年は娘が小学校に上がった年で、在宅ワークに学校の委員会等でそれなりに忙しい日々を過ごしていました。
一つ変化としては、ものすごく太っていたこと。
そして、何をするにも息切れがすごいということでした。
今思えば、それが体からのサインだったのかもしれません。
それは突然をやってくるもので、忘れもしません。
2021年12月10日は小学校の委員会の仕事で娘が通う学校にいました。
その日は曇りで、寒く。
スマホの充電もデジカメの充電もすぐになくなるほどでした。
委員会の仕事を終えて、自宅に帰って暖を取りながら過ごしていもなかなか足が暖まらず。。
なんでこんなに足が冷えてるんだろって思いながらも、大丈夫だろとその日を過ごし、日付が変わって11日になり、旦那さんからの
『おい、大丈夫か?』
で目覚める。
頭はでは理解してるんです。
でも『大丈夫』って声が出ない。
だって呼吸するのもやっとだったから。
あの時、旦那さんが遅くまで起きてなかったら私はこの世去っていたでしょ。
少しずつゆっくり意識が戻ってきて、隣に寝てる息子を見ると泣いてる…。
後から聞いた話、少し離れたところで寝ていた娘も泣いていたそうです。
あぁ、子供達に怖い思いさせちゃったなぁって思いながらも息子に『大丈夫だよ』って声をかけて、旦那さんが呼んでくれた救急車を待つ。
旦那さんは気が動転して間違って警察に電話しちゃったけど…私はもう答えられないし、電話していいよって代わりに答えてくれたのは当時3歳だった息子だった。
救急隊員が来た時には、意識はハッキリしてて、自分は大丈夫だよって思ってたけど…
病院に行ったら違かった。
ふぅ…。
長くなりましたね。
なんか文末をうまくまとめられなかった。
読みづらいですよね…ごめんなさい。
読んでる人いるのかなぁ?笑
頑張って続きも書きます。
それではまた